Greeting
ごあいさつ
実行委員長・藝術監督 渡邊晃一
(福島大学芸術による地域創造研究所 所長/人間発達文化学類 教授)

ごあいさつ
2026年、東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故から15年という節目の年を迎えました。「福島ビエンナーレ」は12回目を迎え、はじめて双葉郡(8町村)を舞台にすることとなり、多くの方々にご支援、ご協力いただきました。まずは開催にあたり、皆様に御礼申し上げます。
2004年から現代美術の祭典として「福島ビエンナーレ」を行ってきた当時、日本における地方のビエンナーレは少なく、大学が主体となって実行委員会を構成した企画も稀有だったため、全国の新聞で紹介されたことを思い出します。今では全国至るところでビエンナーレ(隔年)、トリエンナーレ(3年に1度)の現代美術展が開催されています。また2012年に福島空港で行われた「福島ビエンナーレ」は、震災後はじめて福島から発信される芸術祭として、JAPAN TIMESをはじめ報道等で大きく取り上げられ、国際的に広く知れ渡りました。当初、福島市で実施されてきた本企画は震災後、会津(湯川村、喜多方市)、県北(二本松市)、相双地区(南相馬市)、県南(白河市)で開催されるとともに、その役割は、福島の文化や歴史と結びつける内容へと傾斜されていきました。
2014年は、会津の風景を形作り、その精神的な支えとなってきた〈お米〉の文化を中心に沿えて、豊穣の祈りを捧げる伝統芸能、農業の祝祭との関連から、自然の「氣」の循環をテーマに現代美術の作品が制作されました。
2016年から18年にかけては、「重陽」(菊を眺めながら宴を催し、日本酒に菊を浮かべて厄祓いや長寿祈願をする節句)を主題に、二本松市で開催しました。二本松城(霞ケ城)の菊人形祭、日本酒の老舗〈大七〉とのコラボレーション、高村智恵子の生家(旧酒造店)、鬼婆伝説のある「黒塚」の舞台などと結び付けました。
2020年から2024年は、白河藩主、松平定信の雅号をもとに「風月の芸術祭」として白河市で開催しました。定信を縁とする小峰城、南湖公園、「白河ダルマ」や狛犬文化をはじめ、蔵座敷、龍興寺など、地域の歴史、伝統文化を通して、人々が幅広く藝術文化に触れ合い、集い、交流する機会を設けました。
今回開催される福島・双葉の地は、原発事故の最も大きな被害を被った場です。災害を逃れて避難した多くの人々は、長期間にわたり先祖から受け継いだ地に戻れない状況が続いています。震災直後の10年間、戻ることが出来なかった小学校には、子どもたちのランドセルが今もそのまま残されており、廊下には、地域の歴史を愛で、継承する当時の掲示物が多数飾られていました。アーティストの鴻崎氏の実家である「こうざき」商店にもご案内いただけました。今も家に入るには、スクーリング(人体や衣服に放射性物質がつき、基準値を超えていないかを調べる「ふるい分け検査」)を受けなければなりません。入室すると家族の思い出の品々とともに、不在となった15年間に心ない盗人や動物たちに荒らされた部屋が広がっていました。東日本大震災・原子力災害伝承館の語り部、髙倉伊助さんから話を伺う機会も得ました。悔しい想いと八幡神社を建立した話に心が大きく揺すぶられました。今回の展覧会に際して、双葉の人々との出会いから、双葉の歴史は近年、震災前後という限られた時間軸で語られることが多い一方で、本来この地域が有してきた長い歴史や文化、自然との関わり、家族の由縁を痛感しました。
双葉町の《清戸迫横穴》(1968年、国指定史跡。現在確認されている日本最北限の彩色壁画をもつ遺跡)は福島県立博物館の常設展示室にある〈福島県の歴史〉の入り口を飾っています。他にも双葉には先祖から受け継がれ、大切にされてきた歴史、伝統文化、自然が多数あります。広野町の姥獄蛇王神社(安寿と厨子王伝説が残り、日本三名松があった「日本一美しい日の出」の地)、川内村の重要無形民俗文化財の「獅子舞」、平伏沼モリアオガエル繁殖地(国の天然記念物)。平安時代の作とされる檜材一木造りの仏像を安置した長福寺。住職に招かれた詩人・草野心平(1903~1988)は、川内村の美しい自然と暖かい人々に感銘を受け、毎年のように訪問しました。その後に誕生した「天山文庫」は今も地域の人々に愛され続けています。
今回の「福島ビエンナーレ」ではこのような経緯から「∞(インフィニティ)」を掲げて、藝術祭を開催することとしました。
「∞」には次の三つの意味が込められています。
① 無限大の記号として、特定の枠に収束ぜず、際限なく広がる存在「永遠の愛」や「人と人との絆」などの象徴。
② 姿形から 「双葉(ふたば)」の芽吹きによる未来への希望とともに、双葉郡8町村を連想することで、地域の再生と絆。
③ 双葉町の《清戸迫横穴》に描かれた渦巻・らせん文様に由来し、生命の循環や時の連続性を象徴すること。
《清戸迫横穴》の壁画には、赤色顔料によって渦巻やらせん文様が描かれ、その周囲に二人の人物、弓を射る人、馬に乗る人、鹿や犬、魚などの動物が表現されています。これらの壁画は、〈輪廻転生〉、生命の循環、人と自然・動物との共生、家族へと受け継がれる生命のつながりを想起させます。
「新しい人たちは震災後に双葉へ訪れるが、地元の住民はほとんど戻らない」という声が、本企画の出発点ともなりました。
「∞」には、震災の記憶だけではなく、そのはるか以前から続く双葉の歴史や文化、自然との関わりをあらためて見つめ直し、震災で失われた多くの命への追悼と復興への祈り、そして人と自然・地域が未来へとつながる生命の循環と希望を託しました。
本藝術祭を通して、アーティストたちの現代美術の表現とともに、多くの人々が双葉の地を訪れ、その「かけがえのない生命」を感じ取っていただければと願っています。